【名前】竹川 恭平
【経歴】県立西宮高校→和歌山大学
CLUB Diverti(和歌山県1部)/南紀オレンジサンライズFC(2022年始動)(和歌山県2部)
-サッカーを始めたきっかけを教えてください。
サッカーは幼稚園の年長から始めました。
自分と同じ年の親戚が小学校の練習体験に行くことになり、一緒に行くことになりました。
その時に楽しかったことが始めるきっかけでした。
-教員になってからもサッカーを続けた経緯を教えてください。
大学を12月に引退してから、教員になることは決まりながらも12月に社会人チームに加入しました。
その年の天皇杯から出場し始めた感じですね。
ほとんどブランクもなく社会人ですることができました。
-サッカー選手を目指したのはいつ頃からですか?
小学生の頃はプロサッカー選手になりたいという思いがありました。
小・中で所属していたチームが岡崎慎司選手のいたチームで年に数回来てくださっていました。
当時は日本代表だったので、その影響もあり日本代表になりたいという夢がありました。
しかし、その後高校に進学した中で、プロにはなかなかなれないという現実を見ました。
しかし、サッカーは絶対に続けるという思いがあり、高校の間に教員になる事も決めたので大学でもサッカーをしようと決断しました。
大学卒業後に教員をしている中で、自分の夢や目標をもっと追いたいと考え、3月いっぱいで教師を辞め、サッカーの道に進む事に決めました。
このような感じで、何回か分岐点がありましたね。
-社会人サッカーの魅力について教えてください。
教師の時に所属していたチームは上を目指したいというのがそこまでないチームでした。
それでもこの歳になってサッカーをしている人たちはみんなサッカーが大好きなんですよ。
サッカーは娯楽のスポーツなんだと改めて感じることができましたね。
中学、高校は半強制的にやることが多いと思います。しかし、そうではなく楽しいからやっているんだと再確認できました。
この経験のおかげで、今、社会人チームで真剣に取り組んでいる中でも、楽しさというのを求めながら続ける事ができています。
これが社会人サッカーの魅力だと思います。
-社会人サッカーで最も苦労したことはなんですか?
周りとの温度差ですかね。
私自身プロになりたいというのはないですが、上手くなりたい、成長したいという思いがあります。
入っているチームの問題もあったかもしれないですが、周りと熱量や意識が全然違うというのが難しいところでもあります。
他の選手にも基準を上げさせるのは難しいと感じていますね。
-社会人サッカーに入って驚いたことはありますか?
強い社会人チームは身体能力や身体つきが全然違うのには驚きました。
アスリート能力の差みたいなものですね。
-他の社会人チームとの差で驚きなどはありましたか?
他の社会人チームはサッカーの結果にこだわっていて、監督や選手も結果を出せなかったらクビというのが普通だと思います。
ただ、私のチームはサッカーも大切ですが、それと同じくらいに地域貢献なども大切にするチームなんですね。
そのような点が他のチームと違いがあり、面白い所だと思っています。
これからについて
ー今後のキャリアについて教えてください
和歌山県はサッカー文化が浸透しておらず、JリーグはおろかJFLのチームすらない県です。
そのような和歌山県のサッカー界を変えたいと思っています。
そのためには今所属しているクラブの力が必要になります。
現在和歌山で1番強いのはアルテリーヴォ和歌山ですが、そこよりもサッカーの実力やクラブの大きさとしても超えていきたいと考えています。
そして、和歌山でナンバーワンのクラブになるというのを、現役の間の1つの目標にしています。
ーセカンドキャリアについても聞かせてください。
第一線を退いたあとは農業をやりながら、いつかは飲食店を開きたいと思っています。
農業で培った知識や経験を生かしてお店の近くで畑を持ち、そこで採れた作物を使えたりできれば良いなと思っています。
ー最後にアスリート、体育会学生にメッセージをお願い致します
普通に社会人になりお金を稼いだり、家族を養ったりするのも良いと思います。
ただ、夢や目標に向かって挑戦してほしいなと思います。
ー本日はありがとうございました。